セブ島の歴史のお勉強
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2018年7月21日
フィリピンーセブ
フィリピン最古の教会「サント・ニーニョ教会」
1565年スペイン統治下時代に建てられた、フィリピン最古の教会。マゼランからセブの女王に贈られた幼いイエス像が納められており、ミサのある日曜は現地の人も多く訪れる。
っていう情報を今調べて知った。だから行ったときは何の情報も持たないまま行ったからまーわけわからん。
とりあえず建物見てすげーってなったくらい。もっとこれからは行くところの情報や歴史的背景を少し調べてから行くようにしよう。そうすれば見え方もまた違ってくると思うし。
教会の中ではなんか神父さんが言ってたり子供たちが歌を歌っていた。毎週の恒例行事なのかな。わからん。
このイエス様の像も教会内にあって多くの人が囲んでいた。子供からお年寄りまで年代も様々。
みんな長い時間見つめて、手を合わせ、神に祈りを捧げていた。俺は仏教徒だから彼らが何をして、この行動がどういう意味なのか全く分からなかった。
次に向かったのは、
フィリピン最古の要塞「サン・ペドロ要塞」
「サント・ニーニョ教会」から歩いて10分くらい。ここ「サン・ペドロ要塞」は要塞の外観を残しつつ城内にはセブの歴史が詰まった博物館だった。
入場料は30ペソ(約65円)
こちらマゼランさん。キリスト教布教のために昔、セブ島に訪れたらしい。
僕、今までこっちのマゼランさんしか知らなかったです。だからまた新しいことを学べてよかった。
続きまして、
こちらラプラプさん。ラプラプさんはもともと昔のフィリピンの英雄だったらしい。
調べてみると、
マゼランはフィリピンに立ち寄った際、鉄砲や大砲、大きな軍艦などを武器に、いくつもの部族をキリスト教への改宗などを目的として次々に服従させていきました。
しかしそこでマゼランの要求に応じなかったラプラプにマゼランは激怒し、やがて来たる1521年4月27日に決闘が行われたのです。
マゼラン側は重装備と大きな軍艦があるため、半ば余裕だと見ていたのでしょうか。一説では、通常の人数よりも少ない人数でラプラプとの戦いに臨んだとも言われています。
この戦い、武装力を比べたら、もちろんマゼランの方が有利だったでしょう。例えば、普通に戦っていたとしたら、マゼランは勝っていたかもしれません。しかし、その以上にラプラプは頭を使い、相手の有利な点を無にするだけでなく、弱点にさえしてしまったのです。
その偉大な姿から、マクタン島内には彼の大きな銅像が作られており、その広場は市民の憩いの場所となっている他、ラプラプ市というマクタン島内の都市名になっていたり、セブ島・マクタン島で有名な魚の名前はラプラプです。
いかに彼が偉大だったかが分かります。
。。。だそうです。ラプラプさんかっこいい。
いや、普通に回ってよかった。もっとセブについて知りたくなった。って感じながら帰りのジプニーの中で一人、激しい運転に耐えながら学校に帰った。